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共生が文化遺産〜朝鮮通信使の歴史で
兵庫

「解放新聞」(2018.05.14-2858)

  【兵庫】 昨年10月31日にユネスコ(国連教育科学文化機関)が世界記憶遺産に登録した朝鮮通信使の資料(333点)。日韓の民間団体が共同で申請し、日本と朝鮮の交流の歴史に脚光をあびせた。このとりくみを学者の立場からかかわってきた仲尾宏さん(一般社団法人在日コリアン・マイノリティ人権研究センター理事長)が3月10日、神戸市・県立のじぎく会館でひらかれた「人権歴史マップ」連続セミナー第5回「兵庫の朝鮮通信使」で講演。18人が参加した。主催は、ひょうご部落解放・人権研究所。

 1607年から1764年まで11回におよぶ来日で交流をおこなった朝鮮通信使。朝鮮から対馬、藍島(福岡県)、瀬戸内海の海路をへた一行は500人規模だが、このほかに当時の朝鮮と交易をしていた対馬藩の護衛200人が随行し、さらに地域ごとに大名による水先案内がおこなわれたため、船だけで大小あわせて1000艘の大船団になったという。

 潮や風の影響を受ける船旅だったことから、兵庫では室津(たつの市)と兵庫津(神戸市)の港に寄港。藩の飛び地だった室津では姫路藩、天領だった兵庫津では尼崎藩が、それぞれ接待にあたった。また、兵庫県内の一部海域では明石藩も水先案内の役目をはたした。一行をもてなすため各地で農民なども動員され、苦労があったようだ。

 大坂からは陸路で江戸、日光(栃木県)に向かい、朝鮮から往復8か月の旅となった。その間、各地で文化交流がおこなわれ、伝統芸能も残された(岡山県瀬戸内市牛窓町・唐子踊りなど)。

 仲尾さんは「日朝が200年間、平和体制をつくった。前近代では珍しい。そこに意義があると(申請に)書いた。ともに共生することが文化遺産である。民間でカネがなく苦労したが、それだけ価値があると自負している」とのべ、対馬藩に仕えて通好実務に携わった雨森芳洲(1668-1755年)の言葉を最後にに紹介した。「争わず、偽らず、真実を以て交わり候を誠信の交わりとは申し候」。

 

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